【北関東旅】例のお猿たちに会いに行こう、日光東照宮【栃木編】

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こんにちは!

GWに北関東を旅行しました。引き続き栃木観光です。

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2019.5.4 日光

大谷資料館を楽しんだあとは車を走らせ日光へ。

世界遺産を見に行くよ~

緑が美しい~。

かなりの渋滞で2時間ほどかかりました。日光の中心部から日光東照宮の駐車場にたどり着くまでが長かった…!渋滞がなければ宇都宮からは1時間ほどです。

日光東照宮に到着したのは16時過ぎ、受付終了が16時半、閉門が17時なのでギリギリでしたがそれでもたくさんの参拝客でにぎわってました。外国人観光客も多かったです、さすが世界遺産!

※冬季は16時で閉門なのでお気を付けを。

拝観料は?

大人・高校生1300円、小中学生は450円。

寺社仏閣の拝観料ってだいたい500円前後なので、なかなか強気な価格設定…と見る前は思ったけど参拝したら納得のお値段でした、ただただすごかった。

そもそも日光東照宮って?

栃木観光といえば真っ先に思い浮かぶのがここ日光東照宮ですよね。

徳川埋蔵金がどうのこうのって都市伝説もよく聞くよね。

日光東照宮は、元和(げんな)3年(1617)徳川初代将軍徳川家康公を御祭神におまつりした神社です。家康公は、天文(てんぶん)11年(1542)12月26日三河国岡崎城(愛知県岡崎市)でご誕生になり、幼少より苦労を重ね戦国乱世を平定され、幕藩体制を確立されました。そして、世の中に秩序と組織を形成し、学問を勧め産業を興し、江戸時代260年間にわたる平和と文化の礎を築き、近代日本の発展に多大な貢献をされました。

家康公は、元和2年4月17日駿府城(静岡県静岡市)で75歳の生涯を終えられ、直ちに久能山に神葬されました。そして御遺言により、一年後の元和3年4月15日、久能山より現在の地に移されおまつりされました。正遷宮は、同年4月17日二代将軍秀忠公をはじめ公武参列のもと厳粛に行われ、ここに東照社として鎮座しました。その後正保(しょうほ)2年(1645)宮号を賜り、東照宮と呼ばれるようになりました。
 尚、現在のおもな社殿群は、三代将軍家光公によって、寛永(かんえい)13年(1636)に造替されたものです。

引用:日光東照宮公式HP

徳川家康を祀った神社で、しかも社殿は重文と国宝のオンパレード、すごいわけです。

早速境内へ

…あ。

入って速攻会ってしまいました。

例の猿たちです!!!!!!

見ざる言わざる聞かざる~

まさかこんないきなり現れると思ってなかったからびっくりしました。笑

日光東照宮HPより引用

ちなみに社殿の地図はこんなかんじ。表門から入って左手にすぐ三猿たちがいます。

広いのでじっくり見たい人は時間に余裕持っていきましょうね!!

三猿だけでなく8面にわたって猿たちが描かれています。人が歩むべき一生のお手本をしるしているそう。上の写真は親猿が子猿の将来を見ている姿らしい。

知らなんだ。

コミカルというか愛らしさがありますよね。すごいポーズしてるけどこれは大志をいだいて天を仰いでいる様子だそう。

人生どん底崖っぷちになることだってあるけど、励ましてくれる仲間がいるという図。いいね。

お猿さんたちが描かれている神厩舎のお向かいにはゾウの彫刻。これ「想像の象」なんだって。

想像にしては上出来すぎ

ゾウが描かれている寺社仏閣なんて初めてかも。

こちらは陽明門。遠目からそのきらびやかさに感動し、近くに寄って見てみると緻密な細工にため息…

鮮やかな色使いと細部にまでこだわった様子がうかがえるデザイン、これが社殿全体手抜きなしの豪華絢爛さだからすごい。

いつまで見ても飽きないから「日暮れの門」とも呼ばれているそう。納得です。

社殿のあちこちに徳川家の家紋・葵の御紋がほどこされていました。

この紋所が目に入りまくる

陽明門をさらに奥に進むと唐門です。ここは全体が「胡粉(ごふん)」というもので白く塗られています。屋根の瓦の積み方もおもしろい。いや本当、全部すごい…ぜんぶ…

唐門を右に曲がって奥に進むと出会えるのは「眠り猫」

このおネコ様、なんと国宝。

猿にゾウ、猫に鳥(眠り猫の裏側にはスズメが描かれてました)とこれだけたくさんの動物たちが飾られている神社も珍しいですよね。江戸時代を生きた人々の粋な遊び心も伝わってきます。

眠り猫のいる門をくぐって進むと奥宮に続いています。階段上るのに精いっぱいだったので写真はなし。

閉門ギリギリだったので駆け足でしたが、思ってた以上の豪華絢爛さで楽しめました。

家康公のお墓、派手でにぎやかで楽しそうでいいなと思いました笑

ではまた!

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